ある意味で、何らかの娯楽(遊戯)において不変性が内有されているとすれば、当然ながらそこに永遠性はあるのだから、やはり娯楽のそうした動向によって究極性に繋がることがあるのだろう。
しかし〈永遠なる娯楽事〉というものが何であるか、私は知らない。なぜなら一度もそうしたものと(たとえ共通概念を介しても)出逢ったことがないのだから。

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